1999年に公開された映画「秘密」の感想を書いてみたいと思います。
20年以上前のちょっと古い映画ですね。
人気作家の東野圭吾さん原作の映画です。
この映画をざっくり言うと、人格入れ替わりストーリーですね。
物語は杉田平介の妻である直子と娘の藻奈美の乗っていた夜行バスが転落事故を起こすところから始まります。
法事のための帰省でしたが、夜行バスの運転手の居眠りが原因でガードケーブルを突き破って雪山の中の崖に転落してしまいました。
普通の人格入れ替わりとはちょっと違う
バスが転落し、直子と藻奈美は意識不明のまま他の乗客と同様、病院に運ばれます。
直子の体には傷やあざがありましたが、藻奈美はほぼ無傷です。
直子が命がけで藻奈美の体をかばったということが見てとれます。
急遽、平介が病院にかけつけたとき、直子が目を開きました。
そして、藻奈美がとなりのベッドにいることを告げられた後、ほどなくして息絶えてしまいます。
人格入れ替わりのストーリーはよくありますよね。
走っていた男女がぶつかり、その衝撃をきっかけに人格がそっくり入れ替わってしまうみたいな。
男女の場合は体つきが全く異なるので、その混乱ぶりが面白かったりします。
でも、この映画の場合は少し様子が違っています。
直子が息絶えた後、意識不明だった藻奈美が目を覚まします。
すぐに医師を呼びにいこうとした平介を藻奈美が呼び止めます。
「待って平ちゃん、直子よ、わたし・・・」
藻奈美の体に直子がのり移る。
ここまではよくあるストーリーですよね。
でも、直子の体はすでに心臓が停止しています。
藻奈美の魂は入れ替われずに消えてしまったんですね。
せっかく命がけで守った娘なのに娘はいません。
東野圭吾さんらしい、片側だけの切ない入れ替わりストーリーですよね。
余談ですが、直子の姉の容子を演じていたのは、橘雪子さんです。
直子が息をひきとったとき、容子は「直子ー!直子ー!!」と叫んだ直後に失神して、そのまま真後ろに倒れそうになります。
それを受け止めた夫と二人の子供に引きずられ、そのまま別室に運ばれていきます。
わずか数秒ですが、このときの橘雪子さんの迫真の演技がとても良かったと個人的に思いました。
混乱
直子のお葬式はとりおこないますが、藻奈美として直子はそばに居ます。
だからなのか、平介はお葬式でもあまり悲しそうな様子はありません。
「おまえ、まだ生きてんのか?」と平介は直子の遺体に顔を近づけて話しかけます。
それを泣きながら「??」な感じで不思議そうに見ている近所のおばさん役の柴田理恵さんの演技が秀逸でした。
チョイ役にもかかわらず、さすがの存在感ですよね。
二人だけの日常生活
人間の肉体というのは魂の入れ物であるとも言えます。
そういう意味では、バスの転落事故で亡くなったのは藻奈美ということになりますよね。
「わたし、藻奈美の体取っちゃった・・・」という直子に平介は、今は誰にも言わないほうがいいとさとします。
どちらかというと、父親よりも母親のほうが子どもに対する愛情は強かったりしますよね。
自分がのりうつってしまったことで娘を死なせてしまったかもしれない。
直子は今すぐ藻奈美が元通りになるなら、自分はどうなってもいいという感情だったんでしょうね。
それに比べ、平介の視点でみてみると、目の前にいるのはまぎれもなく直子ですが、姿は藻奈美なので二人ともすぐそばにいるという感覚だったんじゃないでしょうか。
もし、入れ替わりがなく、直子か藻奈美のどちらかが亡くなっていたとしたら立ち直れないほど打ちひしがれていたと思います。
不幸中の幸い・・・というわけではありませんが、とりあえず平介と直子の二人だけの日常生活が始まることになりました。
学生生活ふたたび
不思議な状況はあいかわらず続いていますが、もしかしたら藻奈美の魂が返ってくるかもしれないので、直子は藻奈美として学生生活を送ることにしました。
娘の体とはいえ、ある意味直子は若返ったわけです。
この状況は正直ちょっと羨ましい。
なぜかというと、わたしはこれまでの人生をなんとなく生きてきてしまったからです。
高校生のとき、授業中に先生が言っていたことを思い出しました。
「君たちは大人がうらやましがるほどの、ものすごい宝物を持っている。何かわかるか?」
とみんなの前で問いました。
わたしはそれが何なのか思いつきませんでした。
周りの同級生たちも首をかしげていました。
その様子を見て、先生は「それは若さです。」と言いました。
答えを聞いたわたしの正直な感想は「えっ?それだけ?」って感じでした。
たぶん、他の生徒もそうだったと思うんですよね。
全員、答えを聞いてもキョトンとして無反応だったので。
宝物イコールお金と思い込んでいたので、宝物を持っているなんて言われると、お金をゲットできるかも?と期待していたんです。
若いときって若いのが当たり前なので、それがいかにかけがえのないものかなんて気づかないんですよね。
世界一のお金持ちだったとしても、どうすることもできない若さという時間・・・。
今の知識や経験を保ったまま、学生生活をやり直せる、それを直子は体験することができるわけです。
わたしも知識と経験を保ったまま学生に戻れるなら、メッチャ前向きに生きたいです。
羨ましい・・・、羨ましすぎる。
嫉妬
藻奈美として学生生活をスタートした直子は、当然やる気満々です。
藻奈美の魂が戻ってきたとき、藻奈美が困らないように勉強をしまくります。
そんな前向きにがんばっている人ってやっぱり輝いていますよね。
そういう人にはイケメンも寄ってくるでしょうし、学生生活はメチャクチャ楽しいはずです。
そんな直子の様子に、平介は嫉妬を募らせていきます。
男なので当然性欲がたまりますが、目の前にいる直子の姿は藻奈美です。
気になる人が別にできたとしても、直子を裏切ることはできないと我慢する平介。
直子と藻奈美がそばに居るという感覚があっても、確かにこれは生殺し状態ですね。
さっき不幸中の幸いとか言ってすみませんでした・・(涙
裏切り
直子が学校のボーイフレンドに好意をもっているんじゃないかと疑い、平介の嫉妬は頂点に達します。
そして、電話に盗聴器をしかけるという強硬手段に移ります。
浮気という裏切りはしなかったものの、盗聴は直子に対する裏切りですよね。
ボーイフレンドから強引にデートの誘いを受けていた直子は困っていました。
来てくれるまでずっと待ってるなんて言われたら、行かないわけにはいきません。
直子は家を抜け出す口実を作るために、友人に偽装電話を自分にかけてもらい、家を抜け出します。
当然、盗聴器が仕掛けられていることには気づかずに。
そして、オープンカフェのテーブルで待っているボーイフレンドに直子が近づいたとき、平介がたちはだかります。
デートの現場に父親がでてくるとか、恥ずかしすぎますね。
気まずい空気のなか平介と直子が家に着くと、直子が電話機周りを乱暴に調べ始め、盗聴器を見つけます。
盗聴器は完全に裏切り行為ですが、平介をやり過ごすために友達に偽装電話をかけてもらった直子もどうかと思いますよね。
もはや泥仕合状態のように見えます。
じつは、直子がボーイフレンドに会いに行ったのは正式に断るためだったんですが、それなら正々堂々と平介に前もって伝えておくべきでしたね。
平介に心配かけたくないという気持ちはわからなくもありませんが。
家族の幸せのために
バス事故を起こして死亡した運転手の梶川幸広には文也という息子がいました。
文也が働くラーメン店の前で、文也と平介はばったり遭遇します。
閉店時間を過ぎた店の中で平介は、梶川幸広が文也の実の父親ではなかったことを知らされます。
にもかかわらず、梶川幸広は文也をひきとり、離婚した文也の実の母親に仕送りもしていました。
直子が事故の直前、梶川幸広が「家族の幸せが俺の幸せ」と同僚の運転手に話しているのを聞いていました。
その話を直子から聞いていたので、平介は梶川幸広の家族に対する深い愛を知ることになります。
こんな話を聞いてしまうと、遺族としては怒りのやり場に困ってしまう気がしますよね。
平介の選択
梶川幸広の家族への思いを知った平介は、全てがふっきれたように心が穏やかでした。
家に着き、庭にいた直子に「藻奈美」とやさしく呼びかけます。
「お前には自分の生きたいように生きる権利があるんだ。今まで苦しめて悪かった・・・」
涙を流しながらその場を去る直子を見送る平介の顔は少し不安顔です。
平介としては「俺のことは気にせずに好きなことをやっていいよ」と言ったつもりだったんだと思うんですよね。
だから直子が喜んでくれると思っていたのかもしれません。
でも直子にとっては、それが平介からの別れの言葉のように感じたんじゃないでしょうか。
平介から愛されたい、直子がただ1つ望んでいたのはそれだけだったと思うんですよね。
とても悲しいシーンでした。
直子の選択
直子が実家に平介と一緒に帰った時、父親に肩モミをします。
当然、姿は藻奈美なので孫として。
「藻奈美ちゃん。藻奈美ちゃんももう大人だ。だで、もしお父さんに似合いの人が現れたら、そのときは祝ってあげようね」
直子にとってはとても残酷な言葉ですよね。
目の前にいる父親に対して「お父さん」と呼べないうえに、平介と夫婦生活を送ることすら許されないと感じたんじゃないでしょうか。
そんな辛い状況のなかでも笑顔で「うん」と答えないといけない空気なわけですから。
平介は家族の幸せを一番に考えて、直子を自由にしてあげる選択をしました。
この直後から、藻奈美の体に藻奈美の魂が戻ってくるという現象がたびたび起こるようになります。
姿は藻奈美なのに中身が直子と藻奈美でちょくちょく入れ替わるという不思議な現象です。
そしてやがて、直子でいられる最後の日がやってきます。
自分の魂が藻奈美の体にいられるのが最後と悟った直子は、平介に二人の思い出の場所に連れて行ってもらいます。
そして昔のように二人で楽しくソフトクリームを食べた後、直子が静かに伝えます。
「さよなら、平ちゃん。ありがとう・・・。忘れないでね・・・。」
命の値段
バス事故を起こした会社側から遺族側へ支払われる金額は1人につき5000万~8000万になると告げられます。
説明会の会場に父親に代わって謝罪したいと文也が前に立ちます。
遺族側からの厳しい言葉に、つい「親父は人殺しじゃない!」と言ってその場を去ってしまいます。
文也は家族と言う立場ではあるけど、実際に事故を起こした本人ではありません。
それに、父親の梶川幸広も別に人殺しをしようとしたわけでもありません。
やりたくてやったわけじゃないという気持ちはわかります。
でも、やっぱり車は人を殺す凶器にもなりうることは覚えておかないといけませんよね。
わたしは実家暮らしの時、車を持っていました。
必然性はないにもかかわらず、車を持っていたのは単なる見栄ですね。
でも、実家をでるときに車は廃棄しました。
維持費がかかりすぎるというのも理由の1つなんですが、もう1つ手放した理由があります。
それは、このまま乗り続けたら自分はそのうち事故を起こすだろうと思ったからです。
車を運転中に眠くなることがたまにあったからです。
居眠り運転で人身事故とか、人生が一発で終わってしまうこともあり得ますよね。
人の命って本来お金で計算できるものではありません。
ただのくだらない見栄に対して、リスクがあまりにも大きすぎることに気づいたからです。
車に乗るということは最悪、人生が終わるかもというぐらいの覚悟がいると思うんですよね。
無償の愛
バス事故に巻き込まれたことで、平介たちの人生は取り返しのつかないほど大きく狂いました。
そんな苦しい状況のなかでも、平介と直子は家族を一番幸せにできる可能性のある選択をしました。
自分よりも家族の優先度を上げたというわけですね。
わたしの人生を振り返ってみると、ほとんど自分の事しか考えることができていなかったと思います。
自分のことだけで精一杯だと思い込み、親孝行もあまりやっていなかったもので。
なかなか自分の優先度を下げるのって難しいですよね。
では逆に、自分の優先度を一番高くしなければいけないほど、何かはっきりとした目標をもっていたのかと言われると、じつはそんなこともなかったりします。
それなら、「家族を幸せにする」ということを人生の目標にして進んでいくのもアリかもしれません。
子を持つ親なら当たり前の目標かもしれませんが、一人暮らしのわたしには当てはまりませんでした。
映画「秘密」は、そんなわたしに家族の大切さについて教えてくれたんだと感じています。